空気は目に見えない、手で摑む事ができない。
夜空に輝く星の光は今存在しない星からのものかもしれない。
嘗てリンゴが木から落ちることは当たり前の事。特に意味のない事でした。しかしニュートンが万有引力を発見してそれは意味のあること、無から有になりました。人間が解明出来ない事はゼロ”0”無なのでしょうか?人間が発見しようが、しまいが、Nano Spaceには想像もできない世界が広がっているはずです。量子力学の宝庫です。”0”にはとてつもない可能性が含まれています。
【愚者】には砂と風の物語を想像します。
一粒の砂が風に転がされ、飛び、世界を巡るのか!
鳥の背に乗り自由自在に好きな場所に移動できたり、トラックの荷台に他の砂たちと乗り込み大きな建造物を作るのか!
砂という小さい粒がただの砂に終わらず、大業を成すのか!
”塵もつもれば山となる”
おとぎ話に’わらしべ長者’というのがありますが、若者が転んで、その時に手に摑んだわらが最後に屋敷を手に入れる幸運に恵まれたというお話。転ぶ→わらしべ→アブが結び付けられたわらしべ→蜜柑→反物→馬→屋敷。投資0で屋敷を手に入れる事は通常は夢物語ですが、場合によってはありかもという可能性を感じます。特にこのわらしべ長者の若者は自分一人の判断ですべて事をきめている。まさに自由気ままな愚者の成功例だとおもいます。判断を間違えなければ屋敷までたどり着ける(成功)ということでしょうか。判断を間違えたら”すごろく”の振り出しにもどる。または後退する。ただ0に戻ってもそれ以上マイナスになる事はないと信じたい。人生の’すごろく’はあまりに長いし、自分以外の登場人物が山ほどいて、だからこそ人生は面白いのですね。いろんな経験をして、喜怒哀楽を知り、豊かな人間を作る。自分の描いたゴールに行きつくのは大変なことです。しかし自分のすごろくは自分で作るもの、軌道修正も可能なので、必要以上に何かに執着するのは考えもの。あきらめる時は潔く、メリハリのある遇者になりたいものです。何かに悩みくじけそうになったら原点0に戻り、肉体は赤ん坊にもどれはしないけれど、魂の回帰はできるので、何度でも、一日一回は自分の行いを思い返し、良かった点と悪かった点を考えてみる。可能と不可能を考えてみる。毎日の愚者の活用法かもしれません。
☆イメージすること
ブラックホール
ナノスペース
【映画】ミクロの決死圏
